JRの脱線事故(尼崎)に思う

April 25, 2005  [ 社会問題 ]

1.脱線事故

25日、JR福知山線で脱線事故が起きました。映像をみましたが、大変大きな事故のようで、亡くなられた方や怪我をされた方が多数いるようです。

亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、この事故で悲しい思いをされているすべての方に、どうかお気持をしっかりと持って下さいと申し上げたい気持です。


2.夜のニュースを見ていて

この事故によって私のなかにはいろいろな気持、感情が起きましたが、そのなかで最も些細なものについて書きます。それは、JR西日本の幹部が記者達から怒声を浴びせかけられるシーンを見ていて感じたものでした。私は思ったのです、

「この人達は何様のつもりなのだろうか?」と。

そのなかのひとつは、幹部が被害者の収容されている病院に到着した際、それを取り囲んだ記者陣のなかから飛び出しました。彼らは幹部に対してコメントを求め、黙って病院の中へ入ろうとする幹部に対して、「ちゃんと答えろ。人が死んでんねんぞ」と怒鳴りました。それに答えて幹部が、「まずは被害者の方達に・・・」と言うと、記者は、「(出てくるのが)いつになるかわからないじゃないか」といった趣旨の言葉を返すのでした。

これを、被害者の方や、そのご家族が言うのならわかりますし、私としても全面的に支持するのですが・・・


3.気持はわからなくもない

そりゃあ、記者にしたって、事故後、混乱した現場で何時間もネタを探し続けていたのでしょうから、少々いら立つのもわかります。JR幹部に責任がないとも言いません(事情がわからないので、「ある」とも言いませんが)。

しかし、JR幹部(故意に事件を起こした犯人というわけではない)に自分のいら立ちをぶつけたところで何も解決はしないだろうと思うのです。


4.しかも私が見る限り

記者たちはJRの幹部の前に立ちはだかることで、幹部たちが「病院内にいる被害者達を見舞う」ことを確実に遅らせていました。記者達にとっては 「被害者を見舞うことよりも、自分達の取材に応じることこそが、JR幹部の果たすべき正義」 ということなのでしょうか?


5.マスコミの横暴

マスコミには、自分が社会正義を担っていると強く認識している人が多いようで、実際、私も周りのマスコミ関係者からそんな話をよく耳にします。けれども彼らがその高尚な理念を実現しようと努力しているか、といえば甚だ疑問です。

事故の現場や災害地などでマスコミが我がもの顔に振る舞い、救助活動など、現場の混乱を鎮めるための行動が邪魔されることはよくあるようですが、そんな場所で偉そうな顔をする前に、もっとやることがあるだろう、と私はしばしば思うのです。


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Posted by mugio at 11:30 PM | Comments (4418) | TrackBack (4514)


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